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4/29 2hワークス [ちょっぴり小話]

(擬人化注意)

ツイッターの企画 「#擬リヴ深夜の2hワークス」
2時間で作品を1つ仕上げよう、という素敵な企画
文章でも絵でも他でも何でも参加できる、懐の広い企画はありがたいです
指定時刻での参加が難しく、後日2回分のお題を一度に消化させていただきました

お題は「ふたり」「すき」

ダークチェリーのヴォルグと、初期色そのままのPクイ
少し大人な恋の駆け引き

  
* * *





隣でスコッチを飲んでいる男に、好きだと言われたことがない。

2人はキルシュの島にいた。キルシュが気に入っている赤いドールカウチに、並んで腰を下ろしていた。
密着しているわけでもない。離れているわけでもない。
微妙な距離感で、2人は酒を飲んでいた。
別の華やかなスパークリングワインを飲みながら、キルシュはダークチェリーのメッシュが入った長い黒髪を払い、優美な指先を頬に当てる。
改めてその事実に気付いたのは、昼間、恋多き友人の惚気話に付き合わされたからだった。
賑やかなティータイム公園で紅茶を飲みながら、彼女は何度も彼の事が好きだと言って笑った。笑う度に、ミミマキムクネの水色の巻き髪が揺れた。
この前パーティで会っただけの男でしょう。
呆れてそう言ってやると、だけど好きになっちゃったんだもんと言って、あっけらかんと彼女は笑った。
華やかな場の雑談の中から相手の趣味や職業を聞き出して、天真爛漫な声で仕事にかこつけたデートの約束を取り付けて、仲良くなってお喋りをして一緒に夜の食事をして、上手に隣に収まってしまう彼女の手並みはいつも感心するほど見事だ。
そのぷっくりとした唇を尖らせて、面倒を起こさずにそこから抜け出すのも、青い目を輝かせて新しい恋を見つけるのも、彼女は得意だ。いつも簡単な事のようにやってのける。過去の恋から何も学習しない愚かな女でもあり、わがままで寂しがりやの少女でもある。柔らかな体ととびきりの愛嬌で何もかも丸め込む、意外と抜け目のないラブハンター。
キルシュは遊んでるわりに、お固いんだよね。
新しい紅茶をふーふーと冷ましながら、彼女が小さく言った言葉が胸の隅にちくりと刺さって離れない。
固いなんて言葉、自分には似合わないと思っていた。
遊びの誘いは多く、複数の男に囲まれていることも多い。男をあしらうのにも、気紛れに付き合わせるのも慣れている。
けれど、好き、という言葉一つ、自分から言った事がない。
(キャッケレの好き、は、その恋と同じよ。軽すぎるわ)
そう批判したけれど、自分の好き、はどうなのだろう。
意外と重いのかもしれない。
女としてのプライドもある。遊びで付き合った手前、自分から告白するのは嫌だった。
だって、まるで自分の方が先に好きになったようで癪だった。たくさんのリヴリーが戯れる薄暗い部屋の中で、欲を抱えた目をして見つめていたのは彼の方だったのに。傍にいるのを許しているのは、自分の方なのに。
好きだ、と、彼の方から言ってほしい。
キルシュが望んでいるから口にするならば、そんな言葉は必要ない。
水があふれるように感情を溢れさせて、自制の殻を破って、言ってくれればいい。カーディナルにするように好きなように言えばいい。
言えばいいのに。
キルシュはヴォルグの尻尾を微かに揺らした。彼女が不満を顕わにした事に、クラフは気づいた。クイの耳が反応し、大きな手が黒いボトルを取り、底に赤が溜まっただけになっていたキルシュのグラスに甘いワインを注ぐ。BGMのない部屋に、微かな水音。
・・・違うわ。馬鹿ね。
口に出さずに呟いて、それでも受け取り、キルシュはゆったりとした曲線のワイングラスを傾けた。ワインは甘く口当たりが良く、泡が弾けて炭酸の苦みが心地良い。飲みすぎてしまいそうだった。
キルシュがもう少し飲むつもりでいるのを察して、クラフが自分のスコッチも追加するのを、キルシュは黙って横目で眺める。
鈍感な男。馬鹿な男。自分がベッドから立ち上がろうとすれば散らばった靴を履かせるくらいに気が回る癖に、肝心なところには気が回らない男。
本当に、彼を好きなのかしら。
並べるほどに疑わしくなってきて、キルシュはクラフの横顔を見つめた。
視線に気づいているはずのクラフは黙っている。当惑しているのか、キルシュのすることに口を出さないだけか。長い前髪で表情がわかりにくい。部屋が薄暗ければ余計にそうだった。寡黙な男は、必要な事しか口にしない。
必要な事しか口にしないのに、キルシュを好きだと、愛していると一度も口にしない。愛の言葉を囁かれた覚えがない。それでいて、触れる指先は壊れ物に触れるように繊細で、怪物の森のモンスターのように欲に満ちている。
いつでも表情も変えず淡々と、しもべのように命令を受け入れる。いつも一歩後ろに付き従っているようで、隣にいる。時には、盾のように感じる。
特に口下手なわけではないはずだった。一緒にいる時には、自身の言葉など必要ないと思っているのかもしれない。クラフはキルシュの言葉を当然のように受け入れる。それを当然としてキルシュも受け入れる。話しかけてくる声はいつも低く短く、その奥に燻る熱を秘めている。
淡々と黙って酒を飲んでいるその皮の下では、狂おしいほどにキルシュを欲しがっている事も知っている。
求められていると感じさせる、のに。
キルシュは小さくため息をついた。
「チョコレートを頂戴。奥の、金色の包みがいいわ」
クラフはスコッチを置き、キルシュの命令に従う。
「開いて頂戴」
形の良い爪の先でコインの形をしたビターチョコレートを受け取り、口に運ぶ。
それを見守るように見つめてから、クラフはまたスコッチを飲み始めた。
自分一人で飲んでいるのとは違う、隣にいるキルシュに配慮した飲み方。
そう、愛されているのは感じている。
愛されているのだから、言葉にしてほしいと思うのは間違った事ではないだろう。
男を焦らすのは好きでも、男に焦らされるのは好きではなかった。
好きではないのに、どうして傍に置いているのかと、少し酔い始めた頭で考える。
こちらのことを理解しているようで、無粋な男。今までの遊び相手とは違う、リードするのが下手な、無骨な男。
筋肉のついた体と長い褪せたような金髪は、黙っていれば威圧的に見える。だが長く目を覆った前髪を上げてしまえば優男に見えることを、キルシュは知っていた。外見だけではなく、心優しい事も。
自分の隣でなければ、その目が快活に光るのも知っている。
あまり笑わない分、本当におかしい時にはその口を大きく開けて笑うのも。
カーディナルがリーダーを務めているモンスターハントのチームでは、いつも仲間へ機敏に指示を出している。
そしてふさふさとした尻尾を逆立てて、声を荒げて、無茶をした仲間を遠慮なく叱り飛ばす事があるのも知っている。
本当は知っている。
必要な事しか口にしないのに、心からキルシュを欲しがっているのに、好きだと一度も口にしないのは、キルシュを縛らないためだというのを知っている。
恋人という枠を独占して、女の遊びを妨げないために。女の気紛れが消えた時に、好きに男を捨てられるように。
(本当に、馬鹿な男)
そうやって自分がキルシュを焦らしていることに、気付いているとも思えない。気付いているはずがない。
自分が別れを言って手を離したら、クラフは追い縋ることもなく離れるのだろう。
二度と連絡を取らず、島にも現れない。そういう男だ。自分の気持ちを押し殺して、不必要なほどに忠義を尽くす騎士に似ている。
けれど、もしカーディナルが笑って手を離したら。
クラフは大人しく引くだろうか。そうは思えなかった。きっと声を荒げるだろう。怒るかもしれない。追い縋って、そして。
(負けるつもりはないわ)
キルシュはワインを飲み干した。
好きだと言わないなら、好きだと言わせてしまえばいい。自分から故意に誘導するつもりはない。そんな事をして言われた言葉に価値はない。
けれど、どうしようもなく伝えたいと思わせてしまえばいい。離れられないようにしてしまえばいい。
キルシュは口を開いた。
「泊まっていくでしょう。今夜は」
命令ではない、僅かな譲歩に、男は気付いただろうか。
「ああ」
低い声が肯定した。
いつでもキルシュを肯定するその声は、予想通りであり、物足りなかった。
キルシュは腕を絡めた。
何を求めているのか、すぐにクラフは察した。
察して動く体は、キルシュの全ての欲求を理解しているようで、本当に欲しいものを必ず見落としている。
キルシュは唇を開いた。細めていた緑の目を閉じて、どこか満たされない気持ちを満たすように、その身を預けた。





* * *



2時間はあっという間に過ぎますが、用意しようとするとなかなかできないものですね。
普段はラフに30分~1時間半ほどで書いているので、2時間のハードルに尻込みしていましたが、書き始めれば何とかなりました。素敵な企画をありがとうございました。
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